雨の音で目が覚める

当事者研究、たまに呪詛

‪そのままで君でいいんだよと人から何度言われても自分の首を自分で絞め続けてしまってその癖は昔から全然直らないので、ありのままの自分とかそのままのわたしとか、えっ全然ダメでしたけど嫌われてきましたけどえっありのままでいたら死ぬしかないんですけどって今まで読んできたけどクソ役に立たなかった自己啓発本でいつか全員殴ってやる‬


そのままのあなたでいいんだよと言う他人など存在するんだろうか。わたしはあの女教師に認められなかった、小学生のあの頃からいつも疑念ばかりが頭をよぎる。夫はセックスの出来ないわたしを認めなかった。セックスの出来ないわたしに愛情を持つことが出来ないとはっきり告げたのだ。そうか、そういう価値観かと納得すると共に猛烈な虚しさを覚えた。セックス以外で示してきた愛情は彼にとって何の価値もなかったのだ。手の込んだ料理も忘れたことのないアイロンのかけられたシャツも、彼が喜ぶと思って買っておく様々な物たちも、彼にとっては何の意味もなくただそこにあった、ただわたしによって起こされた事象に過ぎなかったのだ。悲しい、なんて悲しいんだろう。わたしたちがセックスを出来なくなった原因はお互いにある。例えセックスが出来なくても、それでもわたしは彼と一緒に居ることに意味があるのだと思っていた。世の中には様々な夫婦の形がある、わたしたちはほんの少しだけ、一般的な夫婦の形とほんの少し違うだけなのだと。互いに思い合い、結婚式で誓った「病めるときも健やかなるときも」その言葉を信じて過ごしていけると、そうわたしは思っていた。‬

‪半年ほど前、彼はなんて事ないトーンで「セックスしてないのに一緒にいる意味ってあるのかな?」とわたしに聞いたことがある。きっとその時から既に終わりが始まっていたんだろう。もしかしたらそれが彼の発した唯一のSOSサインだったのかもしれない。わたしの耳にはそれとして届くことはなかったけど。‬
‪わたしたちはこれまでたくさん喧嘩をしてきた。仲直りが下手でズルズルと長期間引きずってしまうことが殆ど。わたしは必ず話し合いをして解決したかったから、お互いの頭が冷えてから話し合いの場を設けていたけれど、彼にとってはそれは話し合いなどではなく、ただわたしが彼に説教をする場として認識していたようだ。それを聞いた時、サァーッと心に砂が舞った気がした。じわりじわりと広がったのは虚無感だけで、何も、本当に何も伝わっていなかったのだと絶望した。彼は喧嘩のたびにカッとなり怒鳴った、わたしをなじったこともある。何度も大声で怒鳴り、家を出て行こうとし、わたしに引き止められ渋々と話をした。そうだ、そういえば結婚式の前日にも大喧嘩をしていた。原因は忘れたが、結婚式の前日でさえ怒鳴り散らし喧嘩をちっとも収めようとしない彼に幼稚さを感じたことを覚えている。彼にとって結婚とは一体何だったのだろうか、どれだけ考えてもわたしにはわからない。‬

‪夫は軽度ADHDと診断を受けコンサータを服用している。かかりつけの精神科医に怒りのコントロールが上手く出来ないことを相談したこともあったがアンガーマネジメントは幼少期からやらないと難しいと言われたと言い、そこから何もしようとはしなかった。彼は怒鳴ってしまう自分に困っていなかったんだろうか。医師に対して、でも困っているんです、何とかしたいんですと、言いも思いもしなかったんだろうか。そこに夫婦の亀裂の理由があるのだと、微塵も思いはしなかったんだろうか。‬
‪夫から離婚を提案する連絡が来ている。彼の中にわたしはもういないのだと思うとどうしても気持ちが沈んでしまう。繁忙期は食べることくらいしか楽しみがないという夫に、少しでも喜んでもらえるように、少しでも仕事の息抜きになるように、少しでも楽しみが増えるように、そう思ってゼロから料理を練習した。一人暮らしの時は料理なんてろくにしてこなかったけど、誰かのためにと思うとぐんぐん上達した。夕飯に炭水化物を摂ると太ってしまうという夫に毎晩4品はおかずを用意した。肉野菜魚バランス良く、もちろん彩りも忘れずに。丁寧に作っているね、美味しそうだね、母にも友人にもたくさん褒めてもらえた。夫はいつもお弁当ありがとう美味しかったよとコピーアンドペーストでLINEをくれた。今日はさつまいもの炊き込みご飯を入れたよ、そう朝に伝えた日に送られて来たのは、チキン美味しかったよ!だった。いいんだけどね、あなた鶏肉好きだものね。‬

‪こうしようかああしようか?と少しでも彼が生活しやすいようにしていたけど、どれも煩わしそうにしていたことを思い出す。放っておいて欲しかったのかな、余計なお世話だったかな、全てが彼を否定することに繋がっていたのかもしれない。まことはわたしのことを否定してばっかりだ!と何度も怒鳴られた。わたしはコミュニケーションが得意じゃないから、もしかしたら本当に彼を否定してしまっていたのかもしれない。彼はいつもそれを笑って誤魔化してくれていただけで、わたしはずっと彼にナイフを突き立てていたのかもしれない。彼がずっと耐えていただけで、わたしが悪なのかもしれない。考え出したらキリがない、どうしたら良かったのか、どうしていたら違っていたのか。‬

‪わたしは彼に話して欲しかった。セックスが自分にとってとても大切なんだと、感覚過敏があるのはわかっているけどそれでもしたいのだと。‬
‪わたしは彼に学んで欲しかった。自分のするセックスがどれだけ自分本位なものだったか、どうすればお互いに負担がないセックスが出来たのか。喧嘩をし、怒鳴り、怒鳴られ、そういった後にどうすれば気持ちが回復するのか。‬
‪デートに誘って欲しかった、わたしから誘った時は一緒に楽しく計画を立てて欲しかった、手を繋いで良いかと聞いて欲しかった、怒鳴らないで欲しかった、ローションを使って欲しいと言った時、ちゃんと使い方を調べて欲しかった、恥ずかしいなら一緒にふたりで学びたかった。自分の性欲を満たすためだけじゃなく、わたしを愛すためにセックスをして欲しかった。‬
‪頑張ってくれたことだってある。誕生日ケーキを内緒で買ってきてくれたこと、洗濯物を綺麗に畳めるようになったこと、お皿洗いが上手になったこと、帰宅前にはこれから帰ると必ず連絡を入れてくれること、車の中では音楽をかけないでいてくれたこと、友人に会いに遠出をする時は快く送り出してくれたこと、決してわたしの味方ではないけれど、でも義実家の肩ばかりは持たなかったこと。‬
‪どこがどうなって今になったのか、わたしにはわからないけど、でもきっと最初から全てが噛み合っていなかったんだろう。ボタンを掛け違えたままずるずるとここまで来てしまった。掛け違えたことにも気付かないままに、暗く先の見えないトンネルを、わたしたちは互いの居場所もわからぬままに、ただ闇雲に這い蹲ってきただけなのかもしれない。光なんか差していなかった。お互いが目指す方向もきっと違っていた。少なくとも、わたしの目指す方向を彼が見ることは一度もなかった。彼がどこを目指していたかもわからない、もしかしたら彼はずっと同じ場所で足踏みをしていただけで、その周りをわたしが延々と、ただウロウロとしていただけだったのかもしれない。セックスの出来ないわたしたちは夫婦としての形を保てなかった。‬

‪あなたがわたしに今の状態でセックスを求めるということは、足のない人に走れと言っていることと同じだよと話したら、だったら私だって性欲を我慢しているから同じことだと夫は言った。そうだね、辛さを比べちゃいけないね。もう、夫になんと声を掛けたらいいのかわからない。悲しくて、でもこの人の辛さをなんとかしてあげたいと思う。でもわたしにはどうすることも出来ないのだ。‬

発達障害から来る感覚過敏に悩むわたしと、セックスに執着する夫。繰り返し怒鳴られることで気持ちを夫へ向けられないわたしと、いつも否定ばかりされてきたそれでもこんなに頑張ってきたのにと憤る夫。彼から自発的に気持ちを感じる行動をしてほしいと思うわたしと、言われたことは全部ちゃんとやってきたという夫。せめてセックス以外で愛情が伝わればと尽くしてきたわたしと、有難いと思うけどでも自分はセックスでしか愛情を感じられないという夫。先のことをちゃんと考えていきたいわたしと、先のことを考えると不安になるから何も考えられないという夫。‬

‪結婚するってどういうことなんだろう。正しいセックスってなんだろう、愛って、なんなんだろう。‬
‪わたしは夫を愛していたんだろうか、夫はわたしを愛していたんだろうか。わたしはただ夫を支配したかっただけなのではないだろうか。自分の望むように彼を動かしたかっただけなのではないだろうか。ずっと、そんなことを考えている。‬
‪わたしはただ夫を支配したくて、この人なら支配出来ると思って近づいて、自分が親から離れられるように、ただ寄生先を見つけただけで、だから夫を愛していなくて、それでセックスも出来なくなったのではないか。夫には怒鳴られたけどわたしだって夫に怒鳴り返した。夫はわたしがセックスを受け入れないことをDVだと言う。わからない、何が正しくて何が悪で、何が愛で何が憎悪なのか。ずっと、ずっとそればかり考えている。‬
‪きっと夫もわたしを支配したかったのだと思う。自分の思い通りにしたかったのだろう。だって彼は幼い頃からずっと親にも兄にも親戚にだって支配されてきたのだから。ずっとずっとずっと彼は我慢してきた筈だ。子供の頃から今の今まで。そして遂にはわたしにまで、我慢させられてしまったのだ。‬

‪わたしに何が出来るのか、どれだけ考えてもわからない。ただ、夫には誰か、ちゃんと彼を受け入れてくれる人がいて欲しい。心も身体も受け入れてくれる誰かが、夫のそばに現れて欲しい。彼の世界が寂しくないように、自分を責めることのないように、我慢させられることのないように、どれだけぺしゃんこになってもちゃんと空気を入れてくれる誰かが彼のそばに現れて欲しい。そう、心から思う。‬



‪かかりつけの精神科医に、まことさんは結婚生活も上手くいってるようだし大丈夫よ、と何度も言われたけど先生、大丈夫じゃありませんでした。やっぱり発達障害者の結婚生活はパートナーとの相性が大切なようです。わたしと夫では何一つ噛み合うことがありませんでした。先生、わたしたちは上手くいっているように見えていただけで、全然駄目でした。キラキラして見えた結婚生活も、蓋を開ければそれは腐ったケーキのような、ただの見せかけのものでしかなかったようです。先生、夫は診察の時何か話をするでしょうか。離婚について、先生には何か話をするのでしょうか。夫が第三者にわたしを非難する目的以外で何かを話す姿がちっとも想像出来ません。彼はまた、我慢をするのでしょうか。それとも自分が責められることのないよう、うまいこと話を作ることが出来るのでしょうか。わたしはまだ先生にあまり信頼を置けていないけれど、それでもやはり、夫を救って欲しいと願ってしまいます。‬