発達障害の診断を受けたことと、精神病に縋っていた頃の話

1か月ほど前に広汎性発達障害の診断を受けた。担当の医師による聞き取りと知能検査の結果、そう判断して良いでしょうとのことだった。IQが低く、知的障害のラインギリギリだね、これだと学校大変だったでしょうと医師に言われた時、ほんの少しだけど子供の頃の自分が救われた気がした。

 

私の母はカウンセラーをしているのだけど、それに関連して大学病院の医師が話す発達障害の講演会に参加する機会があった。講演自体はとてもわかりやすく面白かったのだが、ところどころに散りばめられる発達障害あるあるに会場は時に笑いが洩れていたがわたしはあまり笑えなかった。聞きに来ていたのは主に支援員の方や学校の先生が多かったらしい。講演後の質問タイムでは、発達障害の疑いを持つ子供の親にどうやって伝えるのが良いか、親はショックを受けるのではという質問があり、支援員や教師の方が発達障害をどう見ているのかがわかってしまい、少しショックであった。

これはわたし個人の意見なのだが、なんというか、発達障害が悪いものであるという考え方はあまり好きではない。そりゃあ無い方が良いと思うし、定型発達の人は毎日が楽しいだろうなあと羨むこともめちゃくちゃある。だけど、その人が持つ特性を本人と周囲が理解し、凹凸が少しでも平らになるようなサポートがあれば、その人の持つ特性は障害ではなくなる。発達障害の「害」の字を嫌がる人もいると聞くが、その「害」は発達障害者本人が周囲に与える「害」なのではなく、本人の周りに出来てしまう壁が「障害」なんだとわたしは思う。もちろん一概には言えないし、発達障害に振り回され辟易している方も(本人も周囲も含めて)いると思う。

 

ただわたしの周りにいる発達障害の友人たちは、みんな良くも悪くも一生懸命だ。生きることに、働くことに、生活することに、いつもいつも一生懸命で命をすり減らしている。発達障害といえど千差万別なので一概にこうとは言えないのだけど、でもわたしの知る限り、みんなそんなに頑張っちゃって大丈夫なの…?と心配になるくらい毎日を頑張って生き抜いている。どうか、彼女たちに穏やかな毎日が訪れるよう祈るばかりだ。

 

昨夜、ちょっと思ったことがある。自分が発達障害であるか、なんて思ってもいなかった頃わたしは精神科へ通っていた。夜眠れないところから始まり、抑鬱、引きこもり、リストカットにOD、しまいにゃ薬物の大量摂取により救急車で搬送され閉鎖病棟へ入院が決まるというフルコンボを見事に決め、鞄の中は常に安定剤の卸問屋だった。ずっと過去の自分の行動が理解出来ず今までうやむやにしていたのだけど、わたしはずっと、自分が周りと違う理由を探していたんじゃないかと、昨夜ふと思ったのだ。「どうしてみんなと同じように出来ないんだ」「みんなには容易く理解出来ることがわたしには理解出来ない」「ただ同じようにしたいだけなのに」。17歳から23歳までの間、薬を飲みながらそんなことをずっと考えていたと思う。ただ理由が欲しい、そんなわたしの気持ちを救ってくれたのは精神病だけだった。病気になることがわたしの救いだった。またこれが通っていた精神科の医師と相性がいいのなんの。症状を伝えれば新しい薬が出るし、種類も馬鹿みたいに増えていった。もちろん、どこかに本当の症状は出ていたと思う。あの頃はPMDDの治療もしていなかったし、それに子供の頃から不安はいつも感じていた。精神科通いをやめたのは24歳の春だったと思う。それまで勤めていたバイト先をやめ、このままじゃ良くないと思い通院もやめた。しばらくは眠り方がわからなかったし胸はざわざわするし頭もふらふらするし、そもそもわたしは何をしたらいいんだ?とまっさらな空間の中で右往左往していたけれどその後はきちんと(まあバイトだけど)働けたし、自分が発達障害ではないかと気づくことも出来たし結果としてはまあ良かったと思う。

 

自分が何者であるか、悩んで苦しんで精神病に縋った先にあったのが発達障害だった。んもーどうしてまっすぐ来れなかったものか。今でもたまに思い出すことがある。シートに並んだ薬の色、煙草の煙が立ち込める部屋、泣きながらリストカットした一人暮らしの台所、ご飯を食べすぎてデブになったことも、逆にほとんどご飯を食べられなくなって爪楊枝みたいになったことも、どうして自分を大切にしないのと泣く母の声も、どうしてわたしを生んだんだと母に吐き捨てた自分の声も、たまに思い出しては泣いている。

 

発達障害というものに翻弄されながらも、ようやくここまで来れた。今まで頑張ったね、辛かったね、もう大丈夫だよと過去のわたしを慰めてあげたい。

月に一度、診断を受けた病院へ通っている。医師はこれから謎解きしていこうねと言ってくれ、その言葉通り「みんなと同じように出来ないこと」をノートに書き出し医師に少しずつ尋ねている。それはあなたの特性だね、もう仕方ないよねえ、苦しいことは苦しいままだけど、ちゃんと慣れていくから大丈夫。そう話す医師の前にはきっと、小学生のわたしも中学生のわたしも、高校生のわたしも精神科通いのわたしも、今現在のわたしもみんなが座って時に泣きながら話を聞いているんだろうなと思う。