子供の頃からの自分がぽつぽつとわたしの中に生きていて、ふとした時に彼女たちが泣いて傷ついているのがわかる。幼稚園の頃、友達とかくれんぼをしていたら自分だけ見つけてもらえず出て行った時には他の子はみんなで違う遊びをしていたときのわたしや、小学生の頃、吃音に悩んでいたわたしに担任の女教師が全校生徒の前で作文を読むように勧め、つっかえてパニックになり泣きながら必死で読み終えたのに家でも泣きながら練習してたのかと女教師に笑われたわたし、不登校だったが受験のため通い始め一年なんとか通い担任が取ってくれた推薦で高校に合格したとき、あなたが合格したって誰にも言わないで、不登校だった人がいちばん始めに合格するなんておかしいでしょと担任に言われたわたし、実家の角部屋でひとりこもってパソコンに向き合い、パニックを起こして喚いていたわたし、スクーリング先の茨城でパニックを起こして持っていた薬を全て飲み、結局閉鎖病棟に入院することになったわたし、一人暮らしのアパートの台所で夜中に腕を切りながら泣いていたわたし。

彼女たちはいつも泣いている。苦しそうに悲しそうに、世の中の理不尽さをずっと恨んでいる。わたしは周りとどこが違うのか、何故あんな扱いを受けなければいけなかったのか、どうしてみんな幸せそうに笑えているんだろう。そんな風に自分の過去や周りを恨むことでしか自分を慰められない、かわいそうな彼女たち。

目の前に並ぶ全校生徒の顔も、中学校の教室もクラスメイトも、実家の狭い部屋も、茨城のホテルのベッドの感触も閉鎖病棟の冷たさも、一人暮らしのアパートの床も、全部、隅まで覚えてる。飲んだ薬の触り心地も、ふわふわと脳が揺れる感覚も、切った腕の痛さも血の流れる様も、まだ忘れていない。

今の自分と切り離せない彼女たちを、わたしはどうやって慰めていけば良いのだろう。涙を流し、膝を抱えて座り込む彼女たちをわたしは死ぬまで慰めていかなければいけない。後悔ばかりが胸を埋め尽くしている。どこで間違えたんだ、どこからなら軌道修正が出来たのだろう。社会にいる人間に容赦なく殴られてきた彼女たちの痣は、わたしが社会を許せるまできっと消えはしない。