雨の音で目が覚める

当事者研究、たまに呪詛

わたしの全てがそこにあった。あの部屋はわたしの城だった。

パソコンの中を久しぶりに見返して昔撮った写真などを見返していた。精神は今よりずっと不安定で暗闇の中必死に出口を探しているような毎日だった。高校も満足に通えずやっとの思いで通信制を卒業した時にはわたしはもう二十歳だった。

 

 

実家の部屋は今でもたまに思い出す。赤地に白の水玉模様をしたベッドカバー、父に買ってもらった小さいパソコン、サイコロ型の大きな灰皿となくさないよういつも身に着けていた銀色のジッポ。わたしの全てがそこにあった。あの部屋はわたしの城だった。

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夕方に起きて明け方に眠る。夜中にご飯を食べて両親が仕事に出かけると風呂に入った。土日は憂鬱だった。人の気配がして落ち着かない。どうか昼間目が覚めませんようにと眠剤を飲んだ。インターネットが全てだった。いろんな人と話をした。今でも連絡を取り合う人は一人だけだ。みんなどうしているんだろう、寝つきが悪い日は必ず思い出す。

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グレープフルーツジュースが好きだった。酸っぱくて苦い、でも甘い。母に頼んでたくさん買ってきてもらった。知り合いにもらった携帯用冷蔵庫に詰め込んでいつでも冷たく飲めるようにした。煙草を吸って薬を飲んで眠る。母の作るご飯が食べられなくなった。手作りに耐え切れなくてご飯は全てレトルトにしてもらった。電子レンジで温めてお湯を注いでそれらを食べて過ごした。あんなに美味しいと感じた母の料理を気持ち悪いと感じるわたしはなんて恩知らずなのだろうと思った。

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自傷癖は長くあった。腕や手を切ると気持ちが楽になった。血が出ている場所に意識がいって自分が持つ不安や胸の痛みから目を逸らすことが出来る。やりたくなかった、やりたくなかったけどそれよりも不安でいることが辛かった。写真が好きでよく撮った。自分が切った後の腕も撮った。見返しても当時は辛かったんだなと思うしかない。

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冬になると父が部屋は寒いだろうと暖房器具を買ってくれた。部屋はとても暖かくなった。毎日パソコンに向かってアニメを消費した。遊戯王シリーズをテレビ放送に追いつくまで3か月半で見た。やることがあって嬉しかった。

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ずっと一人でいた。このまま一人でいたいと思った。世の中は厳しすぎる、わたしには出来ないことが多すぎるんだ。バイトで躓くたびに引きこもった。頑張っても出来ないことが多かった。でも出来ないと口に出せなかった。仕事だからやらなければいけないのだと無理をしたけどやっぱり出来なかった。どうしてこんな簡単なことも出来ないんだと言われたこともあれば、ああ出来ないんだね、わかったよと許してもらえたこともあった。どうしてわたしは出来ないんだと、いつも自分で自分を責めたからどちらでも一緒のことだった。いつも身体を壊して辞めた。母は何度わたしのバイト先に電話をしたんだろう。実家のクローゼットにあるわたしのバイト用グッズの箱を見るたびに消えたくなる。

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赤いものが好きだった。ベッドシーツもカーペットも赤色で揃えた。カーテンだけは紺地に星柄のもので眠るときにはよくその星の数を数えた。不安で仕方ないときは安定剤を貪った。ハムスターみたいだね、と友人に言われたことがある。ハムスターだったらこんなに苦しくないのかなと思った。その友人も何錠も安定剤を流し込んでいたけどわたしには彼女がすごく大人に見えた。

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痩せたり太ったりした。41㎏まで減った時もあったし、74㎏まで増えた時もあった。ガリガリでもデブでもあまり関係なかった。ひとり部屋で暮らしていた。

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ウィッグが好きだった。被って化粧をして写真をたくさん撮った。自分じゃない人間のようで楽しかった。派手な格好をして外を歩いた時もあった。自分は他人と違うのだと見せつけたかった。わたしは結局人と同じだし特別な何かにもなれなかった。むしろ凡人以下の出来損ないだ。それでも当時はその事実から必死に逃げ回っていたのだと思う。わたしは特別な何かになりたかった。

 

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今でも昨日のことのように思い出す。あの部屋の色、煙草の香り。階下で人が動く音を聞きながら微睡む日曜の昼下がり。口に含んだ錠剤の味や腕を切るわたしの泣き声も全部、まるで昨日のことのように思い出す。今でもわたしの胸の奥にはあの部屋がある。そこでわたしが苦しそうに楽しげに悲しげにしているのをそっと見つめながら慰める。今のわたしが思い出しても泣かなくなるまで少しずつ供養をするんだ。彼女が少しでも笑えるように、苦しくないように、笑顔でいられるように少しずつ。