今までご苦労さん

発達障害のこと、自分と関わる他人のこと、メンヘラだったこと、月に一度のネガティブ週間のこと、自分を大切にすることの重要性とか

重たいランドセルを背負ったわたしが大きな声で泣いている

わたしは結婚して専業主婦という役割を手に入れた。夫には感謝しているし家事はわたしが人並みに出来る唯一のものだと思う。今この立ち位置にいるから思うことだろうけど、それでもわたしはこの年になっても未だに学校に通えなかったわたしを認められないままでいる。少し前にわたしは本当は学校に通いたかったのだと気付いた。小学校はもちろん、中学校もちゃんと三年間通いたかったし高校もきちんと三年で卒業したかった。大学にも通ってみたかったし、就職もしてみたかった。挑戦しなかったのはわたしだし、親に多額の費用をかけてもらいやっと二十歳で通信制高校を卒業させてもらったわたしが今さらこんなことを言うのはおかしいのはわかっているのだけど、それでもやっぱりわたしはみんなと同じが良かった。大多数が通る道を通っていたかった。現実を受け入れる強さがわたしにはないからだと思う。人と違うことが怖いしそのせいで上手くいなかったことが悔しい。そのくせ悔しさをバネに出来る体力も器用さも強さもない。十代の頃は人と違うことを力に出来ると思っていたけど、今のわたしにそんな勇気はない。

高校を卒業したことが唯一の救いであるが、同時に凄まじいレッテルがベタベタとわたしに貼り付けられている。一歩も二歩も遅れているわたし、同級生たちはそれぞれに、働き、結婚し、子供を産み、悩み、大多数が通る道を歩いている。喉の奥から手が出るほど羨ましく、妬ましい。今までの自分の経験や関わってきてくれた人や友人、全てがかけがえのないものだけど、わたしはそれすらも大切に出来ず、出来なかったことばかりに目を向けている。誰にでも悩みはある、耳が腐るほど聞いてきた。誰にでも悩みはある、だから黙れってことなんだろうか、愚痴を言うなということなんだろうか、お前の悩みなんかくだらないということなんだろうか。それとも羨ましがるなということか。

でも大多数の人は数字でパニックを起こしたり聞いたことをすぐ忘れたりしないじゃないですか。一か月のうち一週間しか快適な精神衛生じゃないなんてことないじゃないですか。自分の組んだルーティンに首を絞められたり、昔のことを思い出して泣いて喚いて自分も他人も傷付けたり、そんなことしないじゃないですか。訳もなく不安でざわざわして、生きることに臆病になったりしないじゃないですか。きちんと働いて食べて寝て、そういう生活が当たり前のように出来るじゃないですか。

母は昔から、あなたはあなたらしくいて良いんだよと言ってくれていた。それなのにわたしは、みんな同じを良しとする学校教育とあの女教師に未だに縛られ自分を呪い続けている。ふたつの相反する自己の考え方に挟まれて、重たいランドセルを背負ったわたしが大きな声で泣いている。あの女教師にただ認めて欲しかった、人とは違ったかもしれないけどその違いをちゃんと見て欲しかった。人と違う部分こそがわたしだから、そこをちゃんと見て欲しかった。女教師の中にいる子供像とわたしがかけ離れていることはわかっていた、でもちゃんとこちらを見て欲しかった。幼いわたしは大人とは教師とは、そうやって子供を正しく見てくれるものだと信じていたからだ。あの女教師が朝の読書時間に読んでくれる本が大好きだった、あの女教師にただ認められたくて全校生徒の前で作文を読んだ。いつまでもいつまでも、あの女教師に好かれず認められなかった小学生のわたしがわんわんと体育館の中で泣いている。

子供の頃からの自分がぽつぽつとわたしの中に生きていて、ふとした時に彼女たちが泣いて傷ついているのがわかる。幼稚園の頃、友達とかくれんぼをしていたら自分だけ見つけてもらえず出て行った時には他の子はみんなで違う遊びをしていたときのわたしや、小学生の頃、吃音に悩んでいたわたしに担任の女教師が全校生徒の前で作文を読むように勧め、つっかえてパニックになり泣きながら必死で読み終えたのに家でも泣きながら練習してたのかと女教師に笑われたわたし、不登校だったが受験のため通い始め一年なんとか通い担任が取ってくれた推薦で高校に合格したとき、あなたが合格したって誰にも言わないで、不登校だった人がいちばん始めに合格するなんておかしいでしょと担任に言われたわたし、実家の角部屋でひとりこもってパソコンに向き合い、パニックを起こして喚いていたわたし、スクーリング先の茨城でパニックを起こして持っていた薬を全て飲み、結局閉鎖病棟に入院することになったわたし、一人暮らしのアパートの台所で夜中に腕を切りながら泣いていたわたし。

彼女たちはいつも泣いている。苦しそうに悲しそうに、世の中の理不尽さをずっと恨んでいる。わたしは周りとどこが違うのか、何故あんな扱いを受けなければいけなかったのか、どうしてみんな幸せそうに笑えているんだろう。そんな風に自分の過去や周りを恨むことでしか自分を慰められない、かわいそうな彼女たち。

目の前に並ぶ全校生徒の顔も、中学校の教室もクラスメイトも、実家の狭い部屋も、茨城のホテルのベッドの感触も閉鎖病棟の冷たさも、一人暮らしのアパートの床も、全部、隅まで覚えてる。飲んだ薬の触り心地も、ふわふわと脳が揺れる感覚も、切った腕の痛さも血の流れる様も、まだ忘れていない。

今の自分と切り離せない彼女たちを、わたしはどうやって慰めていけば良いのだろう。涙を流し、膝を抱えて座り込む彼女たちをわたしは死ぬまで慰めていかなければいけない。後悔ばかりが胸を埋め尽くしている。どこで間違えたんだ、どこからなら軌道修正が出来たのだろう。社会にいる人間に容赦なく殴られてきた彼女たちの痣は、わたしが社会を許せるまできっと消えはしない。

呪詛

‪そのままで君でいいんだよと人から何度言われても自分の首を自分で絞め続けてしまってその癖は昔から全然直らないので、ありのままの自分とかそのままのわたしとか、えっ全然ダメでしたけど嫌われてきましたけどえっありのままでいたら死ぬしかないんですけどって今まで読んできたけどクソ役に立たなかった自己啓発本でいつか全員殴ってやる‬

絶対的な自己肯定感を持つ人間の前でわたしにあるのは敗北だけだ。今日もジェットコースターのような感情の起伏に気付かないように買い出しを済ませた。何故食事をしなければ生きていけないのか。食を楽しむ人たちはなんて楽しそうなんだろう。アレが美味かった、今度はどこそこに食べに行こう、いつか食べたアレをもう一度食べたいなあ。わたしだって何も考えていない時、自分の内側にある深淵を覗いていない時には食事を楽しむことが出来る。でも一度、その深淵に手を掛け見下ろしてしまったとき、食事というものは一気に嫌悪感の塊となってしまう。

食べて何になるんだ、食べることは生きることだ。早く死に絶えてしまいたいと思う自分が怒り出す。口に物を入れ咀嚼する音も感覚も、吐き気以外何も感じなくなる。食べるということは、自分以外の物を内に取り込むことだ。なんでそんなことをしなくてはならない。汚い、ただその一言に尽きる。わたしのスペースに入って来ないで欲しい、それが食べ物だろうとも、わたしはもう放って置いて欲しいのだ。

自分一人で完結していたい。この気持ちは昔からある。いやいや、そんなんじゃ生きていけないよとお前は言うけど、食事の度に嫌悪感を堪え、他者と接し、役に立たない自分に泣き喚きながら毎日生活しているわたしはすでに死んでいるのだ。もう死んでしまったわたしにお前はまだ生きろというのか。

生まれたときから死んでいたんだ。努力しても叶わない、叶えられないことばかりが周りを囲い、逃げ道もなければ手助けもない。全部自分でやらねばならない、そうだってこれはわたしの人生だから。うるせえ、ほっとけ。

近況報告

インターネットの繋がりは弱い。以前たまに話をしていた方のアカウントが気付けば消えてしまっていた。ブログを拝読しているが、元気だろうか。ここのところよく冷えるし低気圧も定期的にやってくる、わたしはすっかり参ってしまって頭痛や気怠さに辟易しています。

 

来月にはわたしと夫の発達障害について、きちんと医療機関で見てもらおうと思っている。もしこれで発達障害ではないですよ、良かったですねなんて言われたらその場で暴れ回ってしまうのではないかと今からやきもきしているところだ(まぁそんな風に言う医者など居ないことはわかっている)。まずはその医療機関を予約しなければならないのだがわたしは電話が苦手である。かといって夫に任せる訳にといかないのでいつものようにどもり、軽くパニックを起こしながら電話予約をするのだと思う。やってやらねば。

 

最近は夫婦間の問題を客観的な捉えようと自分たちに関連すると思われる本を読むことにしている。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309248196/

特にこの本は自分の心のキャパシティを広げるにあたりとても良かった。夫に対して理解出来ない部分が少し可視化出来たり、この本の中で夫の問題とされる部分が自分にも当てはまったり、夫の良いところも見え、自分が何を望んでいるかも見えてきた。夫婦ふたり、ひとつのまとまりとなって前に進んで行きたい。夫とそんなイメージで話を出来るようになった、この本のおかげである。

 

猫は8ヶ月になった。去勢手術も無事に終え、太り過ぎることもなく、よく鳴きよく食べ、よく眠る。いつもわたしたちに寄り添ってくれる本当に良い子だ。以前夫と喧嘩になった時、夫がそんなに早く気持ちを切り替えられないと漏らしたことがある。気持ちはよくわかる、よくわかるが、君は自分で自分の気持ちを切り替えようとしているか?ただ忘れるのを待っているだけではないか?自分の機嫌は自分でとらなければ、気持ちが切り替わるように行動しなければそりゃなかなか切り替わらんさと話したことがある。有難いことにわたしたちの傍にはいつでも猫がいるよ、抱っこさせてもらって、撫でさせてもらって、心のトゲトゲしている部分を取らせてもらいなよ。その後ちゃんとありがとうとごめんねを言えばいいよと話した。

猫に限らず動物には不思議な力があると実感している。針山のような心も、ナイフを握り締める心も、涙で濡れてどうしようもないほどの悲しみに暮れる心も全て、人間が寄り添えば、産まれた時のような純朴な心とまではいかないものの、それに似た暖かい心に戻してくれる。

猫は夫にそこまで懐いているわけではないが、撫でさせてやるし抱っこもさせてやる。爪も立てなければ噛みもしない。気がすむまで喧嘩をし、相手をズタズタに傷付けるわたしたちより、猫の方が断然、心が広いのである。

 

夫と同棲を始めたのは去年の11月、どうやら夫と一緒に過ごして一年が経ったらしい。一緒に暮らし始めた頃はお互い自分のことでいっぱいいっぱいの上、スタートラインも揃っていなかった。もしかしたら今でも夫とは同じ場所に立ててはいないかもしれない。それでも少なからず、同じ方向は向いている筈だ。ここまで漕ぎ着けられた自分たちにわたしは「はなまる」をあげたいと思う。

専業主婦として一年過ごしてきたが、今までより少しスキルアップ出来た気がする。家計簿は毎月きちんとつけ続けられているし、日用品を切らしたこともない。毎週水曜日には水回りの掃除をするし、ご飯作りもアイロン掛けも、一人で買い出しも出来る。朝は決まった時間に起きるし、毎日雨戸を開け閉めする。ご飯作りが終わった後にガス台を拭くのも習慣化したし、一日一回水回りのタオルを変えるのも忘れなかった。当たり前のことかもしれないけど今までは出来なかった。全ては専業主婦になったから出来るようになったことだ。専業主婦を許してくれる夫には心から感謝している。

 

友人が次々と出産を経験していく。夫もわたしも焦っているが、こればかりはどうしようもない。喧嘩は起こるし夫は怒りをコントロール出来ない。根は深いところにある、今はその根に手が届くまで、ただふたりで手を繋ぎ合っていくしかない。子供を持っても持たなくても、それぞれがそれぞれの形で幸せになれればそれで良い、そういう世の中になれば良いのになぁと、心から思う。

 

 

夫と喧嘩をしています、懲りもせず。

夫と喧嘩をしています、懲りもせず。

 

喧嘩になる原因はいつも同じところで、もうわたしが目を瞑る他解決策はないのではないかと思い始めている。夫には苦手なことがある。相手の立場に立てない、相手の気持ちを想定出来ない、自分の感情の言語化が出来ない、自分の感情を自己処理出来ない。これらは全て夫の幼少期に関わっているのではないかと思う。まあ素人なので単に想像でしかないのだけど。

 

夫は三兄弟の末っ子で、両親は小さな頃から仕事で家を空け、兄二人ともあまり関わり合いはなかったようだ。鍵っ子で放課後は祖母の家や友人の家に行くことも多かったと聞いている。わたしが夫の両親から直接話を聞いたことはないのでこれらは全て夫から聞いた話だが、心ゆくまで甘えたことはないと本人は言っていた。3人も子供がいればそりゃ両親はさぞ忙しかっただろう。全員に満足いくケアが出来たとも思わない。そもそも我々が子供の時に「子供に対するケア」なんて無いのが当たり前だった。子供は放っておいても育つしましてや心のケアなんて認知もされてなかった。それでも夫の両親はしっかり3人を育て上げたように思う。今では3人ともしっかりと職を持ち、これまで道を踏み外すこともなく、そして健康に育っている。

 

外から見たら、夫は立派な大人だと思う。ただ内から見ていると、本当に幼く、悲鳴を上げているようにわたしには見えてしまう。

 

夫は立派だ。長時間労働にも耐え、稼ぎ、きちんと家に帰ってくる。文句は言うが気持ちを切り替えて毎朝職場に向かうし、職場でもある程度楽しそうに過ごしている。ただやはり、家庭や人間関係の中では出来ないこと、苦手なことの方が多い。

 

妻として、夫に関わる人間として何か出来ることはないだろうかとずっと考えてきた。夫の状態に関連のありそうな本を読み、試し、夫にも読むように勧めた。出来ないことはなるべく簡略化して行動に移せるよう提案した。こうして欲しい、これはやめて欲しい、自身のことで察してもらうことは止め、直接言葉にして伝えた。手順も手段もなるべく数多く揃え、その中から夫が出来そうなものを選んでもらった。結果?全滅です。

 

夫は自分の気持ちを伝えることが出来ない。嫌なことを頼まれても断れない。それはどうしてか、自分の気持ちがわからないからだった。人の感情って「嬉しい」だとか「いや」だとか「悲しい」だとか色々なものがあるけれど、でも夫はその「嬉しい」だとか「悲しい」だとか「いや」という名詞が自分の心の状態とリンクしていないようだった。以前こんな会話をしたことがある。

「(怒り出す夫に対し)いまあなた怒ってるよね?さっきわたしにこういわれたことが「いや」だったんじゃない?」

「…○○○に言われて初めて今の自分の感情が「いや」だってわかった」

驚いた顔をしてそういう夫を見て心の底から落ち込んだ。もうどこから手を付けたらいいのかわからない。

 

夫はもしかしたら、幼少期、自分と関わる大人に気持ちの代弁をしてもらったことがないのかもしれない。嫌だったね、嬉しかったね、不安だったね、悲しかったね。そうやって声をかけ関わり合ってくれる大人がどこにもおらず、ずっと名前もわからぬものとただただ一人で向き合ってきたのかもしれない。そう思うと幼少の夫が不憫で、可哀相で、出来ることならタイムスリップして幼い夫に関わってあげたい。そんなバカなことばかり考えてしまう。夫の父親は昔ながらの威厳のある、怒ると怖い、自分では何もしなくても周りに全て察せさせるようなタイプの父親だった。時代だなあと思うけど、そういうお父さんが家にいて、自分を出せるほど夫は強くなく、そして母親も父親サイドにいたために結果、抑圧され育ってきたのかなあなんて思う。

 

ここまで考えてしまうと、夫のことを責められない。出来ないこともそれは出来なくて当然で、出来るようになるにはかなりの時間を有するのだと思う。相手の気持ちがわからなくて当然、夫はまだ自分の気持ちにすら名前もつけられておらず理解も出来ていないから。自分の感情を自己処理出来なくて当然、自分がどんな気持ちでいるのか把握すら出来ていないから。相手の立場に立てなくて当然、そんなことしてもらったことがないから。自分の感情が言語化出来なくて当然、今までそれを促されたことも、代弁してもらうこともなかったから。なんというか、もうわたしでは手に負えないなあと思う。出来れば専門の機関にかかってほしい。一時期カウンセラーである母に良いカウンセラーを紹介してもらう話も出ていたのだが夫も一時は乗り気だったものの今では既に忘れ去っている。

 

夫は記憶力が弱い。約束事はもちろん、自分が怒った原因もとにかく覚えていられない。発達の凹凸ではないかとわたしは思う。幼少期から国語がとにかく苦手だったようだ。ここも発達の凹凸かなあなんて思っている。今でも本を読むことが出来ない。眠くなったり文字がばらけて見えるそうで何も頭の中に入ってこないようだ。今まで本を読んでこなかった分、人間の感情についての理解は浅いのかもしれない。自分の状態を上手く説明できないのも語彙力や文法のパターンが頭に入っていないからだろう。どうして欲しいか自分の要望が直接言えないという夫に、LINEで伝えてだとか、ノートに書いてだとか、わたしから聞くようにするだとか、思いつく限りは全て試したが駄目だった。まず言葉を使うコミュニケートが駄目だったのだ。なんだかマイナスが上手い具合に作用しあって最悪をもたらしている。笑い事じゃない。

 

ここまで書いてきたけど、別に夫の両親が悪いだとか夫の出来ないことが多いだとか、そういうことを言いたいんじゃない。ただもうわたしにはどうしようもない。手は尽くした。それでもまだ何か出来ることはないか、見落としはないかと自分の頭の中の夫を整理したかった。わたしのこの予想や夫図が外れていたらどんなに良いか。祈るしかない。

 

妻であるわたしの声は夫には届かない。夫にはプライドがある。彼の父親がそうだったように。わたしにこれまで散々知ったような口を利かれて彼はさぞ悔しかったろう。反発することでしか自分を守ることが出来なかったのかもしれない。わたしは夫を認めていないわけではない、ただ円満な家庭を目指したかった。わたしの両親のように互いに尊重し合い、認め合い、許し合う夫婦になりたかった。夫にはどんな夫婦像が見えているんだろう。結婚するとは、夫婦になるとはどんなことだと捉えているんだろう。でも夫はまだ、それらを考える場所に辿り着いていないのかもしれない。自分のことで精一杯で、ひたすらに自分を守り、怯え、噛み付き、殻に閉じこもることでしか自分を表現出来ないのかもしれない。夫にはまだ、色々なことが時期早々だったのかもしれないなあなんて思った。ただ、有難いことにわたしは感情の言語化や説明がまだ得意な方だ。少ない語彙力ながらも適切なものを選び、相手に配慮し伝えることが出来る。夫が許してくれさえすれば、夫が自身を認め、手を出してくれさえすれば、出来る限りのことをしたいと思っている。夫が手を出してくるかもわからないが、とにかく今は見守ることしかわたしに出来ることはない。

こちら、無料で乗れる特別なジェットコースターで御座います

どん底にいるようだ。自分が何のために存在しているのか、また分からなくなっている。規則正しい生活をしているが、そろそろ限界が近付いているのが手に取るようにわかる。全ては生理前の不調のせいだ。

 

この不調に終わりが来るのはわかっている。生理が始まれば落ち込みは続くものの少し気分は良くなってくる。痛みに耐えればその先は明るい事を経験から知っているからだ。生理が終わればハッピーな一週間の始まり。尻を叩かれるように外に出て、今まで出来なかったことを手当り次第に試していく。その中には焦りがある。リミットは一週間しかないからだ。ハッピーな一週間などあっという間に終わってしまう。何故だか気分が優れない日が続き、次第にミスが増え眠れなくなり怒りっぽくなる。夫に当たり、自分を怨み、癇癪を起こしては家を飛び出す。気付けば生後前の不調の最中にいるのだ。

 

何のための一ヶ月なんだ?何のためにわたしはこのジェットコースターに乗り続けている?

 

出来ることは限られている。治療だってたくさん試したが効果はない。金と気力がなくなるだけだ。何のための時間、何のための毎日、何のための人生。

 

結婚し両親から離れた。今まで本当にたくさんの迷惑や援助をしてもらった。結婚することで、両親に恩返しが出来ると思った。わたしは一人では生きていけない、満足に金を稼ぐことが出来ないからだ。自分一人も養えない。夫はそんなわたしと一緒になってくれた、専業主婦で良いと言ってくれた。わたしは夫に何が出来る、金食い虫のわたしに、恐ろしいスピードで走るジェットコースターに乗り続けるわたしに何が出来る。

 

両親に恩返しなどとんでもなかったのだと気付く。挙式が終わって三ヶ月、見ない振り気付かない振りをしてきたが、今足元には暗闇が広がっている。依存先が変わっただけ、寄生先が変わっただけだ。

 

生まれてこなければ良かった、すぐそんなことを思う。なんの解決にもならない自己叱責ばかりを繰り返し己を嫌い己を怨み、それが周囲を傷付けるとわたしは昔気付いたはずなのに。

 

無料で乗れる特別なジェットコースターは一度乗ったら降りることは出来ない。常に激しく揺さぶられ、緩やかなスピードになるのはほんの少しの間だけ。周囲の声は届かない、風の音しか聞こえない、自分の悲鳴も聞こえない。涙は際限なく溢れる、手元もろくに見えない、止めてくれとどれだけ叫んでも呼吸が苦しくなるだけだ。周りの人は楽しそうに歩いている、いいな、わたしもここから降りてゆったり歩きたい、楽しみたい。いつになったら叶うのか、どれだけ耐えれば全てが終わるのか。何のためにわたしはこんな苦しい思いを辛い思いをしているのか。

 

今はまだ、周囲を傷付けることしか出来ていない。

近況

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猫と一週間過ごした。とてもかわいい子だった。夫の仕事が繁忙期に入るので、その前にわたしが寂しくないようにと夫も快く猫を迎える準備をしてくれた。昔から動物は好きで子供の頃から飼いたいと思っていたのだが、父がどうやら動物嫌いらしくその夢はなかなか叶わなかった。結婚して初めて、やっとペットを飼えることになった。

同じ県内でタイミング良く里親募集が見つかった。夫に相談し準備期間を経て我が家に迎えることが出来た。本当にかわいい子で母も帰省していた姉も気に入ってくれていた。

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ソファとクッションの間に挟まってよく寝てた。ごろごろとうるさいくらいにのどを鳴らしてたくさん甘えてくれた。たまに溜息をついていて、とても人間らしい子だなあと思った。爪を切るのも嫌がらず、水もよく飲み、お気に入りのおもちゃで飽きずにたくさん遊んだ。

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名前は「こむぎ」。茶トラ白の男の子。お母さん猫の名前を少しもらって、焼き立ての食パンみたいな色からこの名前をつけた。我が家に来たその日からソファの一角はすっかりこむぎの特等席で、丸くなったりバンザイをして寝ていた。

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お鼻はきれいなピンク色だった、肉球とお揃い。前足にはちょっと色がある。しっぽは鍵しっぽでちょっと短め。鍵しっぽの猫はしっぽの先に幸せを引っかけてくる。本当にそうかもしれないなあって思った。

よく人に慣れていて、膝の上で寝ることも多かった。トイレするから見てて、お水飲むから見てて、爪とぎするから見てて、ねえ撫でてよってたくさん鳴く子で、ひとりで家にいても寂しさは少しも感じなかった。

 

今まで猫に触れても何ともなかったのだけど、こむぎが家に来てから湿疹が出るようになった。夫には何も症状がなかったので私の体質の問題なのだと思う。一週間様子を見て、夫とよく話し合い、こむぎを元の飼い主さんにお返しすることにした。飼い主さんはたまにあることだから気にしなくていいですよと言ってくれた。飼い主さんのお宅にこむぎを連れて行って、帰宅した家の静かさにふたりで泣いてしまった。その日から我が家は火が消えたように静かでなんだか暗い。わたしもすっかり落ち込んで毎日をメソメソと過ごしているところです。

 

先日幼稚園時代の友人のお宅で母猫と子猫を保護したとのことで遊びに行かせてもらったんだけど、やっぱり湿疹が出てしまい帰宅後に同じようにかゆくなるならこむぎが良いと夫を困らせることを散々言ってしまった。その日からどうにも元気が出ずこのありさま。

 

結婚式も旅行も終わって頑張ることがなくなってしまった気がする。夫は仕事が繁忙期に入るので休みはほぼなし、子供を作ろうったってそんな時間はねえ。そもそもPMDDで毎月関係が拗れているわたしたちにとっては子作りっていうもののハードルがそもそも高いのだ。働こうにも夫の繁忙期中に新しいことを始めて無事死亡し共倒れになるのは目に見えている。そうそうわたしにはほかの人が当たり前に出来ていることが何もできなかったんだって再確認してまた落ち込んだ。目の前からふっとあるはずだったものが無くなって、ただ毎日なんとなく過ごしている。ニートだった時と全然変わんないじゃん、依存先が親から夫に変わっただけじゃん。何のためにここにいるのか、ちょっとしたことで足元がぐらつくし今まで何をして過ごしてたのか思い出せない。夫に申し訳ない気持ちと、自分へのいら立ちと、なんとなくの絶望感でやられています。